TAC HITECHWOOD GROUP

グループメッセージ

チャレンジ精神で築いたパイオニアとしての誇り。
グリーン・エンタープライズの実践も、次代に向けての大切な取り組み。

タック・ハイテクウッドグループの礎、木材業「竹内商店」が名古屋の地に誕生したのは、戦後間もない1945年。 1963年にはタック株式会社の前進となる「竹内木材株式会社」が設立されました。創業者の竹内嘉蔵はこれを機会に、 名古屋工場の操業をスタート。問屋業のみならず、製造分野への進出を果たしたのです。
1969年にはハイテクウッド株式会社の前進「竹内木材工業(株)」を設立、グループとしての地歩を着実に固めていきました。

「薄物パーティクルボード」を日本で初めて生産したり、世界初となる「ゴムの木のMDF」を手がけるなど、 つねにパイオニアとして業界をリードしてきたタック・ハイテクウッドグループ。しかし、その行き先にはたえず障壁が立ちはだかり、 けっして順風満帆とはいえませんでした。たとえば薄物パーティクルボードの場合。合板の代替え品としての需要を 見込んだものの、いくつかの欠点により天井板には不向きであることが分かったのです。設備投資額は実に10億円以上(当時)。 当時の会長、竹内嘉蔵は行き場を失った大量の在庫を見て、後のタック・ハイテクウッドグループの命運を左右するといっても過言ではない一つの アイデアを得るに至ります。そのアイデアとは、現在では小型収納棚の定番商品となっている「カラーボックス」でした。 その生産が秋田本社工場で開始されたのは1978年。ちょうどホームセンターが全国に広がる時期と重なり、カラーボックスは 予想を上回る大ヒット商品になりました。

その後、事業を引き継いだ二代目・竹内彦蔵は、さらなる飛躍を果たすべく 世界へとその視野を広げました。アジアを中心に拠点を拡大し、現地調達・現地加工という現在の事業スタイルを確立したのです。
タック・ハイテクウッドグループでは、環境への配慮も企業としての重要な責務と考え、持続再生可能な原材料の開発・活用、ゼロエミッション、省エネなどに 取り組んでいます。 グループをあげて、「社会貢献」「環境への配慮」「健全な経営」、この3つのバランスが取れた事業展開をめざしています。